ベニーとジョーがこのシングルをパルのスタジオで録音した時は14歳だった。この二人のメキシコ人兄弟は東ロサンゼルス出身で、すでにロマンサーズのインストゥルメンタルをバックにしたCorrida Mash/I'm Leaving It All Up To Youをブレント・レーベルからリリースしていた。この録音はリトル・リチャードのプロデューサーだったロバート・ブラックウェルが指揮を執っていた。ロマンサーズのリズム・ギタリスト、マックス・ユバレスは、ドナ・レーベルのシングルRock Little Darlingのためにパルのスタジオを訪れていた。ザッパ、ユバレス、そしてロマンサーズの他のメンバーと一緒に、ハートブレイカーズが再びパルのスタジオを訪れ、このセッションのために参加することになったのだ。

 ザッパとハートブレイカーズのマネージャーであるビリー・カルデナスはこのシングルをプロデュースしたが、マザーズ以前のシングルで見られるようにクレジットはない。A面のラベルのタイトルEveryTime I See Youは、正しい英語では Every Time I See Youと表示されるべきだった。A面は、ザッパの曲風よりもロマンティックになってり、作曲はレイ・コリンズと一緒にしている。コーラスを強調するために何度も曲間にちょとした空白を入れる効果を除けば、Memories Of El Monteと似たような構成になっている。ザッパのギターはコマーシャル・スタイルで、1つのコードに留まるのではなく、コード・チェンジに沿って演奏するという彼にしては珍しい演奏であった。

 ザッパをフィーチャーしていないB面では、ベニーとジョーの友人であるヴァージ・ガレゴスが、子供向けミュージカル・コメディの曲Rock-A-Bye Babyを別の文脈に置き、替え歌でイースト・ロサンゼルス風のスロー・バラード調のCradle Rockを作曲した。A面に比べると、少し緩い演奏になっている。バフのレーベルから両サイドがリリースされた。ハートブレイカーズは、リンダ・レーベルから出したシングルPlease Answer/She Is My Babyでレコーディング・キャリアを閉じた。ザッパ、バフ、コリンズにとって、次はイベント的なリリースが予定されていた。

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